2022/9/14

司法試験結果が発表されました

令和4年度の司法試験結果が発表されました。
 
我が母校である日本大学法学部は、24名(内、予備試験合格数不明)との情報があります。全体合格数で11位私大で5位合格率は32%と法科大学院管理を大学本部から法学部に移管して移行、合格実績は上昇しています。自分が在籍した当時は、当然法科大学院制度はなく、一発試験のみでした。現在は、法科大学院卒業経由と予備試験合格経由(昔の司法試験に近い)の2系統に分かれています。法科大学院はアメリカ方式(アメリカにおいては法律専門教育は法科大学院が担う)を模したもののため、当然法科大学院経由の方が合格はし易いですが、学費(法学部卒2年、それ以外3年修学要す)も高いです。自分の在籍当時は、日大闘争の息吹がまだあった時代でしたので、サークル棟などが使用禁止閉鎖されており事実上使える校舎は1~3号館の3校舎しかなく(現在は13棟新3号館完成後14棟)、また、現在のような図書館(当時は大学本部建物)はなく、図書室の時代でした。そのため閲覧室はいつも満員の状態でした。ただし、3号館内に法学部闘争委員会の学生が自主管理(勝手に占有)していた教室、通称解放自習室があったため、いつも利用していました。その3号館も現在、取り壊しとなっており、フットサル場として利用されていますが(水道橋駅近くの一等地)、来年には同地に経済学部も利用可能の新校舎を建設するようです。また、同時期に経済学部2号館も新築するようでこちらも法学部との共同利用可能と聴いています。我々の時代は他学部生は一切立ち入り禁止の時代であり、現在ではとても考えられないと思います。さて、戦前、司法の日大と称された(高等文官試験司法科トップ3(東大・中大・日大(トップの年もあり))行政科トップ4(東大・京大・中大・日大)の諸先輩の実績に近づきたく、自分も生涯1度だけ、脳の老化防止も兼ね予備試験の受験を考えています。
 
 日本大学法学部の歴史:明治天皇が設立に関与した皇典講究所(神道・国法の研究機関)を発祥とする国法研究機関日本法律学校(設立者:初代司法大臣山田顕義)を起源とする。神道研究は國學院に引き継がれ両校は起源を同じくする。設立に明治天皇がかかわっているため、所謂官立(イニシャルコスト(設立費用)のみ官負担し、以降のランニングコスト(運営費用)は自己負担)(両コスト官負担は国立)、そのため、日本という国名使用が許されたものと推察する。東京水道橋南口徒歩3分(経済学部は徒歩1分)に所在。