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2021/1/11
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大学時代 |
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自分は西暦でいう70年代後半大学生活を送りました。日本大学法学部は神田三崎町(当時は三崎町)に所在し、最寄り駅は水道橋駅です。まだ日大全共闘の息吹を感じることができる時代でした。当時の学園祭は伝説となっている幻法祭です。管理された学園祭ではなく、学生自主創造の熱気あふれた学園祭です。結局78年を最後に大学当局に開催を禁止されました。あの時代を知っていて本当によかったと思います。また、当時は隣接する経済学部生は法学部入室できましたが、法学部生は、経済学部入室禁止でしたので学部間の交流は全くできませんでした。当時法学部が日大全共闘(法学部闘争委員会)の最後の拠点校と大学本部当局に認識されていたためです。法学部の単位取得は本当にたいへんでした。当時文系は遊んでいても卒業できるなどとよく世間一般に言われていましたが、日大法学部は全然違いました。いまだに試験不可の悪夢にうなされるほど厳しいものでした。TV番組「天皇の料理番」のなかにも登場する明治時代の日本法律学校から続く日大法学部の伝統は生きていました。旧司法試験も1度受験不合格、結局司法浪人することなく、教授のすすめで国税庁の国税専門官試験を受験合格し今日に至ります。 *幻法祭テーマ(自分の記憶ですので間違っている可能性あり) 77年「退廃の巨塔を打ち砕け」 78年「久遠の桎梏に怒涛の反撃を開始せよ」⇒テーマが過激すぎると大学当局により学園祭中止となる。 |
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